大判例

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大阪地方裁判所 昭和50年(ワ)6454号 判決 1980年10月23日

原告

山田則子

原告

山田英一

右両名訴訟代理人

長池勇

被告

坂口治男

右訴訟代理人

前川信夫

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実《省略》

理由

一被告が坂口産科婦人科の名称で開業する医師であることは当事者間に争いがない。

二原告則子に対する被告の診療経過

昭和五〇年一月二一日、原告則子は、被告の診察を、同二七日に被告の指示に基づき新千里病院婦人科部長菅本医師の診察をそれぞれ受け、子宮筋腫で早期の摘除手術が必要と診断され、同月二九日に同病院に入院し、同月三一日に被告の執刀で約一時間半に及ぶ子宮摘出手術を受けたことは当事者間に争いがない。

右当事者間に争いのない事実に、<証拠>を総合すれば、つぎの事実が認められる。

昭和五〇年一月二一日、原告則子(昭和九年一月三日生)は、被告の診察を受け、子宮筋腫であり早期に手術し摘除した方がよい旨診断され、その指示に従い同月二七日新千里病院(被告は同病院の幹部医師であり、手術等の治療は同病院ですることになつている。)婦人科部長菅本医師の診察を受けたところ、その診断も被告のそれと同様であつた。そこで同原告は、同月二九日同病院に入院し、同月三一日、被告の執刀の下に、午後一時四〇分ころから同二時五五分ころまで約一時間半に及び子宮摘出手術を受けた。同術後の午後五時ころから麻酔がさめはじめるとともに、原告則子は下腹部に、激しい痛みを感じ、その旨看護婦に訴え、同八時三〇分ころ鎮痛剤の投与を受けた。その結果、痛みは緩和されてきたものの、依然として左側腹部には痛みが残り、その旨看護婦に、また、一日に一回回診に同病院を訪れる被告に訴えた。しかし、被告は右痛みは術後しばしば生ずるが早期に消散する通常の痛みとして特に注意せず、二月四日に至つて、はじめて、右痛みが異常のものであるとの認識をもつに至り、尿管結石等の疑いを抱き、同月七日には腎盂のレントゲン撮影を予約し、同月一二日に撮影しかつ、尿管の拡張剤・鎮痛剤・消炎剤等を投与し、同月一三日レントゲン写真をみて、左腎臓の排泄機能が衰弱しているものと認め(実際は、子宮筋腫の手術の技術的影響(被告の手術の過誤によるかは分明でない。)により左の尿道の膀胱付近に狭窄があり、通過障害を起こしていたため、尿の流下が悪く、左の腎臓の機能低下を来たしていた。)同月一四日には、泌尿器科の専門医中村麻瑳男に、電話でレントゲン写真に基づいて専門的な意見を聞きたい旨要請した。

中村医師は、右に応じ、被告の持参したレントゲン写真を見た上で、被告から患者は子宮筋腫の手術を受けた四一才の女性で、術後しばらくして左下腹部の疝痛発作が出て来たので、前記写真を撮影したとの説明を受け、左の腎臓の働きが悪いが、左の尿管は完全には閉塞しておらず、通過障害は膀胱付近の尿管にありと推認され、この写真のみではその原因は不明であり、写真に結石は写つていないが、レントゲン撮影で造影できない結石もあるから結石の可能性も否定できないとの意見を示し、右に対する処置として、第一に、逆行性のカテーテルの挿入(通過障害が膀胱に近いところにあると推認されるので、その原因をさぐるために、細いカテーテルを膀胱から尿管を入れる方法)という診断的方法が、また、患者の手術後間もないことから右の方法がとれない場合は、次善の策として尿管の通過障害はあるが、一応は通つているので、手術後の抜本的措置をしなくても良好な状態に回復する可能性もあるから、しばらく経過を観察し、三・四週間後にもう一度腎盂撮影をする方法がある旨助言した。

そこで被告は、同日原告則子に対し、左腎臓が若干浮腫しており、尿管に通過障害があり、また、その原因は結石の可能性があり、尿管に障害はあるが導通しているので、しばらく様子をみて、一カ月後に再度腎盂撮影をして、その結果、病状が改善されていなければ、その段階で手術等を考える旨伝え、従前通り尿管拡張剤・鎮痛剤等の投薬を続ける旨述べた。

その後、原告則子の腹部痛は、ある程度軽快し、二月一七日ころから体温も三六度台に落ち着いて来たので、二月一九日に退院し、以後は従前の薬剤の投与を受けるだけとなつた。

しかるに原告則子の病状は退院後変化せず、左下腹部の痛みが続いたまま、約一カ月を経過し、同原告は、三月一一日・一二日と新千里病院に入院し、一一日に再度の腎盂撮影を受けた。被告は、そのレントゲン写真を示して再度中村医師の意見を徴したところ、同医師は、二月一四日の時点より病状が改善されているとの見解(この見解の根拠は、造影剤の排泄が二月一二日の時点より三月一一日の時点の方が早く出て来ていることにあつた)を述べ、かつ、尿管の通過障害の原因は、結石でなく膀胱付近の狭窄であるとの判断を示し、さらに、今後病状がかなりの速度で悪化することはなかろうから、様子を見て二・三カ月以内に泌尿器科的手術をしてはどうかと述べた。

被告は、右中村医師の助言を受けたので、原告則子に対し電話で、病状が改善されており、もう二・三カ月間様子をみて三たび腎盂撮影をし、その結果をみて、場合により手術等を考える旨伝え、その後も従前通りの投薬による治療を続けた。

原告則子は、その後も左下腹部の痛みは去らないので、被告に数回電話でその旨述べ、治療等を求めたが、被告は従前の見地からこれに対し特別の処置を講じなかつた。

こうしたことから四月中旬原告則子は、以前治療を受けたことのある矢野内科医師に相談したところ、同医師は、泌尿器科の専門医の診療を受けるようすすめ、松下病院を紹介した。

そこで、原告則子は、同病院で治療を受けることを決意し、被告に対し従前のレントゲンフィルムを借受けたい旨申出た。被告は右申出を受けたとき、そろそろ三度目の腎盂撮影の必要があると思つていたときではあつたが、松下病院に行くにつきとくに不満もなかつたので、新千里病院からレントゲンフィルムを借出し、原告らに交付した。原告則子は右フィルムを持参し、四月一八日松下病院を訪れた。

三原告則子に対する松下病院の診療経過

原告則子が松下病院にて、左の尿管移植の手術、左の尿管及び左の腎臓の摘出手術を受けたことは、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いがない事実に、<証拠>を総合すれば、つぎの事実が認められる。

四月一八日、原告則子は矢野医師の紹介状と、レントゲンフィルムを携え、松下病院泌尿器科の川島部長の診察を受け、持参のフィルムと同病院でのレノグラム検査結果に基づき、左の腎臓の機能がかなり低下していることから、入院、場合によつては手術が必要と診断されたため、同月二一日松下病院に入院した。

入院後に、一月三一日被告のした子宮筋腫の手術直後から左下腹部に激しい痛みがあつたとの原告則子からの問診結果、持参した二月一二日、三月一一日に各撮影のレントゲンフィルムに基づき泌尿科川島部長、同科安井医師と主治医となつた松岡敬祐医師の三人で病状が検討され、左尿管の膀胱付近に狭窄による通過障害があり、その原因はおそらく結石によるものでなく、子宮筋腫の手術の技術的影響によるものであり、その結果、左腎臓の機能低下を来たしていること、しかも、四月二三日に松下病院で撮影したレントゲンフィルムには左腎臓がほとんど造影されず、腎臓機能が極度に低下していること、また、尿管が完全に導通しなくなつた場合およそ一カ月で腎臓の機能は回復不能になるとの実験データーがあること、すでに子宮筋腫の手術の日から二カ月半以上経過していることから、早急に手術をしなければ腎臓の機能が完全に失われるおそれがあるとの判断が下され、原告則子は右手術を受けることを承諾した。

五月七日、松下病院の川島部長、安井医師、松岡医師の三名の手により尿管移植の手術(尿管の狭窄部分を切取り、その結果短くなつた尿管を膀胱の上の方の部分に直接つなぐ方法での手術であつたが、尿管の長さは右手術に必要なギリギリの長さしかなく余裕はなかつた。)が施行され、その際切取られた尿管の狭窄部分が調べられたが、同部分は癒着がひどくいかなる状態かわからない状態であつたが、結石は存在しなかつた(なお、松岡医師は狭窄の原因として、尿管が子宮筋腫の手術の際誤つて結紮されたのではないかとの推測をもつていたが、右推測を裏付けるものは発見されなかつた。)。しかし、切取つた後の尿管の長さがギリギリで余裕がなく、膀胱に結合された箇所の緊張度が大きかつたこと、尿管や膀胱壁の治癒が弱かつたこと(これは、尿管狭窄の症状の期間の長短には余り影響されない。)等から、尿管を膀胱にうまく接着することができず、術後三週間程経過したころ尿の漏出がみられ、尿管移植の手術は成功しなかつた。そして、尿の漏出から膀胱炎、腎盂腎炎を併発し、結局八月二〇日に至り、左尿管と左腎臓の摘出手術を受けざるを得なくなり、結局原告則子は、左の腎臓を完全に失うに至つた。そして、一二月九日に至つて、原告則子は松下病院を退院し、しばらくは、通院し検査等を受けていたが、一般に腎臓が片方失われても残存する片方だけで生活機能としては十分であり、昭和五一年六月二四日には、健康について特に心配せず好きなことをするよう勧告されるような状態である。

四以上の認定事実から被告の不法行為を構成すべき過失の有無について考えると、

(一)  被告が原告則子に対する子宮筋腫の手術に際し誤つて尿管を結紮したとの原告両名の主張事実は、これを肯認するに由がない。

(二)  次に、原告らは、被告が原告則子の症状の原因として尿管狭窄の事実があるにもかかわらずこれを結石によるものとの誤診に基づく治療を施したと主張するが、被告は、子宮筋腫手術後の二月四日から尿管結石の疑いを抱き、以後尿管拡張剤等を投与しているが、右は未だ確定的診断とは言えず、可能性の問題と考え治療しているのであり、また、中村医師の二回目の診断により同医師から左の腎機能の低下が結石によるものでないことを告知され、それ以来右に従つて診療行為をしているのであるから、上記の主張も理由がない。

(三)  もつとも、原告則子の左腎機能低下の症状がおそらくは被告の一月三一日執刀にかかる子宮筋腫摘出手術から技術的に影響されて生じた尿管狭窄によるものであるにもかかわらず、被告においてこの事実を三月一三日ごろまで認識し得なかつたことは、否めない。しかし、証人松岡敬祐および同中村麻瑳男の各証言によれば、同原告について右手術後の尿管狭窄を早期に発見、認識することは、泌尿器科の専門医師にとつても決して容易でなかつたものと窺うに足り、この点に被告の過失を問うことは、相当でない。

次に、証人松岡敬祐の証言によれば、泌尿器科の分野では、手術の技術的影響により来たした本件のごとき尿管狭窄に対する治療法としては、第一に、前述のような手術直後に、その痛み、その箇所、検査結果等から、尿管狭窄と判断できるならば、手術による創部が治癒固定していない二・三日内に再度開腹し狭窄している部分を調べ、再び狭窄を来たさないように処置する方法もあるが、第二に、患者の健康状態等のため第一の方法がとれなかつたときとか、尿管狭窄の発見が遅れ第一の方法をとる時期を逸したときは、一カ月に一度位の割合でレントゲン撮影を続け、狭窄により腎臓の機能に影響が出る(低下とか喪失)と判断された場合は、尿管移植の手術を行なう方法もあり、かつ、右第二の方法における手術については、腎機能の回復の可能性が大きい場合には、切取つた尿管の代用として、患者の腸管等を切取り、これをつなぎとして、尿管や膀胱と接合させるが、腎機能の回復の可能性があまり期待できない場合には、切取つた残余の尿管で間に合わせ、これで膀胱と接合させる例が多いことが認められるが、被告は、泌尿器科の開業医中村医師の助言を二度にわたり受け、前記認定の如く、尿管拡張剤を投与しつつ、最初のレントゲン撮影の後一カ月して、再度のレントゲン撮影をして、腎臓の機能と尿管の狭窄・導通の具合を観察し、尿管移植の手術の機会を窺つていたのであり、右処置は、前記認定の狭窄に対する第二の治療法と大差がなく、また、被告が、二回にわたるレントゲン検査の結果が判明した右時点において、尿管移植の手術をせずに、もうしばらく様子をみると判断した点については、のちに現実に原告則子が尿管移植の手術を施した泌尿器科の医師である証人松岡の証言も、前記のレントゲン写真を見たうえで、特に右被告の判断が誤りであつたとは断じ得ぬとするものであるから、被告は、原告則子が松下病院に行くに至るまでの間、医師として治療を怠つていたとは認められない。

五以上によれば、被告には原告らの主張する不法行為を構成すべき過失が認められず、原告らの請求は理由がな<い>。

(戸根住夫 大谷種臣 新井慶有)

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